第7章





駅の改札口と言えば昔は駅員さんが切符を一枚一枚切っていた物だが、
今ではそういった風景を見ることも殆ど無い。


機械化され改札ゲートなるものがその駅員さんの役目を
担っているのだが
そう言った機械には人の能力に劣った欠点というのも
付き物である。


地下鉄改札ゲートも
大人が子供の切符で通ってもゲートは見分ける事が出来ず
そのまま問題なく通過出来てしまう。


駅員さんがそう言った不正行為はチェックして機械の欠点を補っている訳だが
そう言った機械化の抜け穴を付いて悪事を働く者達がいる。
今日も3人の悪党がこの改札口で何やらやらかそうとしている。





ゆう、ヨウ、ガンクの3人は最近この地下鉄改札口で
盗塁ごっこをやって無銭乗車を楽しんでいた。



「今の所、俺が8割、ガンクが7割、そしてヨウがビリッケツの4割だな」
ゆうがそう言ってるのは彼らの無銭乗車成功率の事で、
彼らは駅員の目を盗んで改札ゲートをスライディングでくぐり抜けるという
盗塁ならぬ「盗改」をゲームとして楽しんでいた。


「じゃあまず俺からいくぜ!」ゆうが駅員の監視がそれた一瞬の隙を付いて
ゲートに滑り込む!


ゲートを難なくくぐり抜けたゆうは向こう側でセーフのジェスチャーで自分の成功をアピールしている。
駅員は全く気がついた様子もなく再びゲートの監視を続ける。


次はどうやらガンクの番らしい。
駅員の元におばさんが何やら話しかけにいった。
「よし! 絶好のチャンスだ!」
そう判断したガンクはゲート目掛けて一気に突っ込む。



セーフ!



ゲートの向こう側でゆうとガンクが一緒にジェスチャーでアピールする。

残るはヨウだ。


ヨウの成功率が彼らよりも極端に低いのは
何を隠そうヨウは、ビビリヤなのである。


いつもチャンスを慎重に見計らってスタートするのだが
そのビビリヤの特質上どうしても戸惑いが生じ
スタートがワンテンポ遅れてしまう。
まぁ〜それだけ気が弱いのだけれど
3人の中で一番お人よしで優しい奴でもある訳だ。


ヨウがドキドキしながら駅員の様子を伺っていた。
駅員が何か探しに奥の方に向かっていった。


「今だ!」そう判断したヨウだが
「いやもしあの駅員が振り返ったらどうしよう・・・」
いつもの様にためらいが生じた。
「いや、でもチャンスは今しかない」
そう自分に言い聞かせヨウは意を決してゲートに滑り込んだ!


とその時
駅員が振り返ってゲートを見ていた!


「こら〜、またお前達か〜!」


「ヤバイ!ずらかるぞ!」
3人は勢い良く駅から飛び出し
一目散と逃げていった。


「これでおれが単独盗札トップ維持だな」
ゆうがそう言うと
「お前は本当にとろいんだから〜」
とガンクがヨウに突っ込み
ヨウは少しふてくされ気味にあたりを見渡していた。





「あれ、ZETじゃないか?」
新聞の束をチャリの荷台にくくり付け
汗を流して新聞を配っているZETをヨウが発見した。




ZETは昨年父親がリストラにあい、今までのような収入を得られなくなって
仕方なく家計を助ける為にアルバイトをやっていた。


そんな中でも野球を続けていきたかった彼は、
何とか短時間で高収入のアルバイトをと思い、学園では禁じられていた
水商売のアルバイトを隠れてやっていた時期があった。
しかし、その事が学園にバレテしまい1ヶ月の定額処分と1軍から外され4軍落ちとなっていた。


その後は、学校でも認められている新聞配達のアルバイトを朝夕やっているのだが
2時間はゆうにかかる配達業務を毎日こなしていたので
部活にも殆ど姿を現さなくなっていた。










そんなZETの姿を3人はじっと見つめるだけで
誰も声を掛けようとはしなかった。










次の日の放課後


ゆう、ヨウ、ガンクの3人はいつものごとく4軍の部室でマージャンをやっていたが、
アフロとしんへいがユニホームに着替えているのを見て驚いた。


ゆう「お前ら何を始めるんだ?」


しんへい「野球に決まってるだろ、この格好で卓球はしないだろうが!」

ゆう「まぁ〜それはそうだが・・・何でまた今更?」

ヨウ「練習なんてしたって試合に出してもらえないよ。ここは4軍だぜ!」

しんへい「別に試合に出る為じゃない。野球がしたいだけだ!」

ガンク「試合に出れなきゃ野球やってる意味ないじゃん!」

アフロ「意味はある」

「なんの意味が?」3人が声をそろえて言った。

しんへい「俺達には目標がある!」

「なんの目標?」

しんへい「うん〜とだな〜。何て言えばいいのかな〜」

「男の目標だ!」

「なにその男の目標ってさ?」

「うるせ〜な! なんでもいいだろ! とにかくやりたい事があるんだよ!」

「アフロ行くぞ!」

二人はグラウンドに出て行った。

何だろね〜。 あいつらのやりたい事って?













アフロとしんへいがピッチングをやっているところに

3人はマージャンテーブルをベンチに持ち出し
ジャンを打ちながら眺めていた。
どうにも気になって仕方がないらしい。





しんへいはアフロの球を何度も何度も顔面にくらい、いくらマスクをしているとは言え
その衝撃はなみならぬものである。波の人間ならとっくに気絶している所だろう。
しかし、日ごろからケンカで打たれなれしているしんへいは決して止めようとはせず
アフロに球を投げさせ続けた。



「おいおい! しんへい、大丈夫か〜」

「いい加減あきらめろ! アフロの球は素人がそう簡単に受けとめられるものじゃない」

「しかし、すげ〜なアフロがあんな球を投げるなんて、驚きだぜ!」

「しんへい、それ以上バカになったらどうするんだ、やめとけって!」

3人のやじが飛ぶ中、アフロとしんへいは黙々と練習を続けていた。

その様子を離れたところからじっと眺めている人物が二人。



アロハーとはなである。


はなは4軍の打撃コーチで社会人野球のトップチームの4番を打っていた程の実力者でもあった。
年はアロハーよりもずっと若く25歳。
指導者にあこがれていた彼は、
現役の座をあっさりと捨てこのチームのコーチとして一昨年やってきた。


はな「アロハーさん、あのアフロという1年生。
まるであなたの現役時代の生き写しの様なピッチングをしますね」


「いつ教えたんですか?」


アロハー「俺も彼のフォームを見て驚いたよ。そして思い出した。
俺が現役最後の年、ふとした事で一人の少年と出会った事を・・・」

「その少年にわたしのピッチングを教えたんだ」

「6歳ぐらいだったけどな。あの時の坊主があいつだったとは・・・」



はな「へ〜 そうだったんですか〜」

「そのアフロも凄いんですが、私的にはそれを受けているしんへいの方に興味が有りますね」

アロハー「ああ、あいつも面白い奴だ。不良達とケンカしてるところを前に1度見たんだが」

「腕力、反射神経、動体視力、体重移動どれも抜群だ。
パンチを繰り出す時の腰のひねりは素晴らしいものがあったぞ」



はな「そうでしょう、こうして彼の動きを見てるだけで、わたしにもそれが分かります」

「アロハーさん、しんへいを私に任せてくれませんか?」


アロハー「いいよ、バッティングは俺より君の方が専門だしね」

「但し3月までに甲子園で通用するバッターに仕上げてくれ」


はな「あと4ヶ月ですかw 相変わらず無茶な事をいいますね〜」

アロハー「まぁ彼は体も出来ているし、素質も十分持っている。不可能ではないだろう」


はな「ですね〜。 まぁやってみますか」


アロハー「それと、他の連中もそろそろエンジン掛けてやってくれ」


はな「あいつらですねw。 分かりました。久しぶりにもんでやるか〜」






そう言ってバットを片手にはなが4軍グラウンドに向かって歩き出した。